レスター同盟のクロードから救援要請が入り、
すぐさま首都デアドラへ駆けつける王国軍。
押し寄せる帝国軍の前に陥落寸前だったが、
それこそがクロードの、起死回生の戦略だった!
アランデル公
次の日、会議室に仲間たちが集められた。
レスター同盟が帝国から大攻勢をかけられ、
首都デアドラが陥落の危機にあるのだという。
クロードからの救援要請が昨夜、祝勝の宴の最中に来たのだった。
グロンダーズの会戦で大敗して弱ったレスター同盟を、
王国軍が動けない今を狙って、
一気に叩き潰すという帝国の電撃的な侵攻作戦だった。
むろん、救援に反対する者はいない。
デアドラが陥落しては、王国は四面楚歌となる。
クロードに恩を売って、帝国との戦いに協力してもらおう。
アネットがそう言うと、メルセデスはその発言はあくどいと嗜める。
あくどいかどうかはともかく、
メルセデスは相変わらずのんびり屋さんだった……。
ここは早急にクロードを助けに行くことに一決する。
ディミトリにとっては政治的な駆け引きよりも、
助けを求められたら行くという義侠心が何よりも勝っていた。
しかしディミトリにはどうしても気になる事がある。
帝国軍を率いているのはアランデル公。
学生時代、ディミトリはアランデル公の寄進記録を調べていた。
彼が士官学校に入った目的は「ダスカーの悲劇」の復讐のためであり、
その犯人がアランデル公であるとの結論に近づいていたのだった。
もしアランデル公がコルネリアと結託して
ダスカーの悲劇を引き起こしたとするならば、
5年前のクロニエたちの会話で、どうしても解せない点があるのだ。
あの時の会話で炎帝は、「闇に蠢く者」たちはダスカーだけでなく、
帝都アンヴァルでも同じような事をしたと言っていた。
アランデル公は帝国で起こった政変によって追われ、
幼いエーデルガルトを連れて王国に亡命して来たと思われていた。
しかし政変の黒幕が「闇に蠢く勢力」の仕業であり、
もしアランデル公もそれに一枚かんでいたとなれば、
亡命そのものが茶番劇だったのではないか?
……推測の域を出ず、真相はアランデル公から直接聞くしかないだろう。
博打
水上都市デアドラでは緊迫した状況になっていた。
市民を全て海上に避難させたため、残った兵員たちには物資もなければ
脱出用の船もない。
海に囲まれ、防衛施設もない市街地に追い詰められて、
クロード軍はまさに袋の鼠だった。
誰の目からも、デアドラが陥落するのは時間の問題と思われた。
しかしそれこそがクロードの戦略だった。
クロードを追い詰めようと帝国軍が市街に乱入すれば、
外から見れば、今度は帝国軍が袋に入った鼠になる。
王国軍がデアドラに到着した時、ディミトリの目に映ったのは、
クロードが描いた通りのものだった。
一見すると陥落寸前に見える状況も、
王国軍が救援に来ると見越しての、確実な勝利の計算がそこにあったのだ。
王国軍としては、
市街でクロードと戦う帝国軍の背後をつけば良い。
到着がもう少し遅ければ、クロード軍はあっさりと壊滅していただろう。
ディミトリはそれを「博打だ」と言ったが、クロードは確信していた。
ベレトならディミトリを必ず立ち直らせる。
立ち直ったディミトリは必ず助けに来る。
クロードの戦略に半信半疑だった兵士たちも、
王国軍の軍旗が見えると、一気に勝機が見えてきたことに驚くのであった。
アランデル公の死
アランデル公の用兵は巧みで、市街地はすぐさま制圧された。
しかしクロードの作戦は時間稼ぎだったので、
港に立てこもって敵を街の最北端まで誘い込んでいた。
そこへ王国軍到着の一報が入ったので、アランデル公はさすがに焦った。
態勢を立て直して王国軍と対峙すれば、
クロード軍に挟み撃ちされてしまう。まずはこれをせん滅する必要があった。
クロードの首を上げることに全力を傾けよと、全軍に命令する。
港へ架かる唯一の橋を守るのはヒルダ軍で、
彼女の兵は強く、クロードからの後方支援もあって時間を稼いでいたが、
いよいよ帝国兵が殺到してきた。
市街地ではレスター同盟の烈女と呼ばれる
ジュディットがゲリラ的に孤軍奮闘し、帝国兵をかき乱していたが、
王国軍と合流したことで力を得て、
徐々に帝国軍の劣勢が明らかになってくる。
焦って飛び出してきたアランデル公をベレトの天帝の剣が捉えて、
討ち取った。
「貴様の存在が、またしても我々の歯車を狂わせるか……」
ディミトリには義理の伯父に聞きたいことが山ほどあったが、
「貴様に闇を覗く資格はない。
エーデルガルトと義姉弟で殺し合え。光よ……」
大事なことは何も語らず、アランデル公は死んだ。
意志
クロードはやはり、すべて計算ずくだった。
ディミトリが王都を落とし、同盟への救援を決め、
デアドラに到着するまでの日時をすべて読み切って、
帝国軍の背後を衝かせた。
下手に籠城して戦争を長引かせるよりも、
最も短時間で鮮やかに帝国軍を壊滅させる、唯一の方法だったかもしれない。
さらに、王国軍が救世主となったことで、
レスター同盟がファーガス王国の傘下に入る理由ができる。
クロードは今日限りでレスター同盟を解散させると言ってきた。
レスター同盟はもともとファーガス王国が分裂して生まれた。
それを元に戻すだけだと言う。
フォドラを導くのは、立ち直ったディミトリこそ相応しいという
クロードの判断があった。
この5年、帝国との戦いで疲弊し、
グロンダーズの会戦では王国軍の圧倒的な強さを目の当たりにした。
そして今回、ディミトリは躊躇することなく助けにきてくれた。
そんなディミトリを王に戴き、その下につく。
すでにレスターの円卓会議で各諸侯からの了承は得ているらしい。
クロードはリーガン家の「英雄の遺産」フェイルノートをディミトリに差し出す。
それはレスター同盟が解散し、
ファーガス王国の傘下に入るという何よりの意思表示だった。
盟主という既得権を捨て、
フォドラの未来のために決断したのだろう。
それはディミトリに託す、願いに近いものだったかもしれない。
感謝するディミトリに、
「また会おう」
そう言ってクロードは去っていった。
みなの思い
デアドラ遠征を終えた仲間たちは、大修道院にいったん戻り、
いよいよ迫る帝都侵攻への準備をしていた。
ここへ戻ると学生時代の習慣から、自然と
青獅子の教室に仲間たちが集まってくる。
この日は、
誰もがディミトリに聞きたかったことをフェリクスが切り出した。
「エーデルガルトと、どういう関係なのか?」
アランデル公が死の直前で言った言葉が、噂として広まっていた。
どうやらディミトリに継母がいた事実は、秘密のことだったらしい。
ロドリグなどを除けば、ほとんど知られていないことだった。
父親の口の堅さに、フェリクスは驚く。
それは政略結婚などではなく、
亡命して来たパトリシアをランベール国王が見初めて、
王室に匿ったというのが真実に近いのかもしれない。
もしそれが公になれば、
アドラステア帝国から引き渡しを要求され、2国間の関係も悪化するだろう。
イングリットの口ぶりからしても、
フォドラでは帝国と王国が婚姻関係で結ばれた前例はなさそうだ。
こうも秘密が徹底されていた事実を考えると、
それだけ2人の結婚は危険なもので、
2人の恋愛感情も並みのものではなかった気がする。
もしくはファーガス神聖王国には継室の制度がないのかもしれない。
ディミトリはそんな継母を実の母だと思って慕っていた。
パトリシアも実の母として振る舞い、
娘エーデルガルトの存在をおくびにも出さなかった。
大人になるほど、それが容易いことではなかったことが分かってくる。
だからこそディミトリはエーデルガルトと出会った時、
義理の姉であるとはまったく知らず、皇位継承候補であることも知らず、
その上で仲良くなった。
エーデルガルトともまた同じだった。
ここまで聞いてメルセデスも納得することがあった。
5年前、炎帝の仮面が外れた時のディミトリの豹変。
彼にとって復讐すべき憎い相手が、
彼にとって最後に残った大切な家族だと知った時のショック。
それは測り知れないものだったろうと。
思ったよりもずっと縁の深そうな2人に、アネットも納得する。
シルヴァンは別のことで納得していた。
幼い頃、ディミトリが好きな女の子に短剣をプレゼントした事を、
シルヴァンは聞いていた。
急な出国となったエーデルガルトへの贈り物を何にするか、
本当はシルヴァンに相談したかったのだが、時間がなかった。
シルヴァンはその事をよく覚えていて、短剣を贈ったことを
ことあるごとに口にしてディミトリをからかっていた。
みなが言いたいことはひとつだった。
「一度、皇帝と話し合った方がいい」
アッシュがそう言うと、ディミトリはうなずく。
「俺もそう思う。彼女と手を取り合う未来があってもいい……」
帝都アンヴァルではアランデル公の死亡の知らせが入っていた。
エーデルガルトの参謀を務めるヒューベルトは、
「不幸中の幸いですな」
と言った。
帝国軍の敗戦は痛いはずだが、
アランデル公の存在は邪魔だったということだろう。
やはりアランデル公も「闇に蠢く者」だったのだろうか。
あの亡命が茶番劇だったなら、
振り回されたエーデルガルトにとって、
伯父への心証が悪いのは当然のことだ。
学生時代に炎帝として「闇に蠢く者」と接触していたエーデルガルトは、
彼らと必ずしも利害が一致していなかった。
「不幸中の幸い」
という言葉からすると、よほど両者の折合いは悪かったのだろう。
それよりも今は帝国の危機である。
エーデルガルトは各地に展開している軍の前線を下げることを命じる。
王国軍をメリセウス要塞で迎撃する作戦と思いきや、
それはただの時間稼ぎのようだ。
ヒューベルトが反対する中で、エーデルガルトはある決意をし、
そのためには時間が必要なようだった。