殺人鬼のようだったディミトリは変われるのか。
王都で待ち構える魔女コルネリアは、
彼にさらなる憎悪を植えつけようと、とんでもないことを暴露する。
友として
グロンダーズ会戦に勝利した王国軍だが、
ロドリグの死はあまりにも痛手だった。
兵力、物資の消耗が激しく、
精鋭部隊の大将を失ったことで、全軍の士気も低下している。
しかしディミトリが帝都侵攻を望む以上、無謀な進軍を続けるしかないのだ。
ディミトリの傷が回復するのを待って、
いよいよ絶望的な戦いへの覚悟を決めなければならない。
悲愴感が漂う仲間たちの前に、
まだ安静にしておくべきディミトリが姿を現した。
「みなに、謝りに来た
今まで本当にすまなかった……」
力なくそういうのだが、
その目には強い意志のようなものが感じられる。
気が収まらないのはフェリクスである。
彼の父は、ディミトリが無謀なばかりに死んだのである。
口先で謝ってすむものではない。
「父の死の始末はどうつける?」
それが分かっているディミトリは、
帝都攻めを中止して、王都の奪還を提案する。
それは、ごく当たり前の常識的な判断だった。
今まで仲間たちはディミトリの復讐心に付き合ってきたのだ。
今になって方針を撤回するのは、
父親を亡くしてしまったフェリクスへの、罪滅ぼしのつもりなのか。
ディミトリの目を見て、フェリクスは気付いていた。
彼は変わった。
ディミトリが静かに口を開く。
「エーデルガルトは許せない。だが、俺の命は俺のものだ」
誰のためでもない、俺の信念のためにある。
俺には俺のなすべきこと、命に代えても成し遂げたいことがある……!
ロドリグが死を賭して伝えた言葉をそのまま、
自分の言葉として力強く語った。
この数日間に、その言葉が彼の全身に染みわたり、
傷を治すよりも先に、揺るぎない信念をその目に宿らせたようだった。
「手を貸してやる。その代わり、必ず勝て……ディミトリ」
フェリクスがディミトリを名前で呼んだのは、7年ぶりのことだった。
復讐心でおかしくなった姿を戦場で見て以来、
人間ではなく獣にしか思えなかった。
だからディミトリのことを「猪」と呼んでいたのだ。
ロドリグは親友との約束を果たし、
憎悪に囚われていたディミトリを正気に戻した。
フェリクスは父からの贈り物として、
ディミトリを友として再び迎えたのだった。
号令
ディミトリは本当に立ち直ったようだ。
学生時代からどこか影があり、この5年は殺人鬼のようになっていた彼が、
たった数日で改心するのか。
そう疑う向きもあったが、それは杞憂だった。
根が真面目でやさし過ぎるからこそ、
あの事件のショックが異常な憎悪となってディミトリを捕らえた。
死者の無念の声を聞き、生きる糧とした。
その声に憎悪などなく、
ディミトリを案じながら、己の信念に殉じた声を聞かされた。
もう十分、長く苦しんだ。
死者の声から解放されたディミトリに、
前向きな信念が揺るぎなく蘇った。
因縁深き王都に入ってもその信念が揺ぐことなく、
全軍に号令を発する。
「生きろ、そして心に従え!」
もう、無謀な殺人鬼ではなかった。
--。
迎え撃つコルネリアには、王都を守る意識が希薄に見える。
民衆を守る気がなく、
むしろ王都が荒れてしまう方が好都合なようだ。
それでも目前に迫った王国軍には脅威を感じていた。
ディミトリが寡兵で帝都に乗り込み、エーデルガルトと殺し合う。
冷静に考えれば起こりがたい数日前までの情勢に、
えらく自信を持っていたようだった。
ロドリグの行動が、ディミトリを変えた。
それがコルネリアにとって、想定外の事態だったのだろう。
コルネリアは帝国の支援を受けながらも、
皇帝であるエーデルガルトにまったく敬意を払っていない。
彼女もまた「闇に蠢く勢力」なのだろうか。
ダスカーの真相
王都フェルディアは城塞都市のごとく堅牢で、
コルネリアは籠城するよりも市街に出てディミトリ軍を迎え撃ってきた。
民衆を避難させるどころか、彼らを盾として
ディミトリ軍の侵攻を食い止めようとする意図が透けて見える。
さらに市街地には帝国より借り受けた、
見慣れない兵器や装置が行く手を阻む。
正面突破は被害が大きいと考えた王国軍は、
ディミトリ本隊とセテスの別動隊に分かれて、
コルネリアが守る砦の後方へ回り込む作戦を取った。
コルネリアが繰り出す奇怪な兵器を見たギルベルトは、
それが帝国のものであることを疑った。
やはり「闇に蠢く者」に由来するものなのだろうか。
時間はかかったが、軍の損害も民衆の被害も最小限に抑えながら
搦手門を破り、セテスがコルネリアを奇襲する。
背後から襲われたコルネリアは倒れ、死の直前とんでもないことを暴露した。
ダスカーの悲劇の真相は、王妃パトリシアによる陰謀だった。
実の娘に会いたいという母親の想いを、
その願望を、魔女コルネリアは叶えてやった。
そのための生贄が、ランベール国王の首だった……!
それが、ディミトリ以外が皆殺しにされた、
ダスカーの悲劇の真相だというのである。
ディミトリの半生を狂わせたあの事件が、
実の母として慕っていたパトリシアによって引き起こされたなど、
信じられるわけがない。
それを見透かしたコルネリアは、
再びディミトリに憎しみを植え付つけるように 、
母の愛はディミトリには向いていなかったと念を押して、死んだ。
パトリシアへの疑惑をロドリグから聞かされていたギルベルトは、
何も言うことができず、深く考え込んだ。
受け入れること
コルネリアの言ったことを妄言だとして信じないディミトリ。
それよりも、
コルネリアと繋がっていた貴族の口を割らせて、
事実関係を確認する方が先だ。
それによってダスカー人に着せられた濡れ衣を証明できるかもしれない。
ダスカー人の潔白を、ディミトリはずっと信じていた。
ドゥドゥーはだからこそディミトリを信頼し、
彼のためなら命を惜しまないのだ。
「あなたという主人を持てたことが、俺の誇りです」
ディミトリを信頼しているのは身近な仲間たちだけではない。
この国の民衆もまた、彼の帰還を待ちわびていた。
ファーガス王国を捨て、殺人鬼となり果てたディミトリ。
しかしその殺人は義憤によるものであって、
決して無辜の民を傷つけることはなかった。
元々の人となりを知っていた民衆は、彼に同情こそすれ、
恨みがましく思うことはなかったのである。
何よりも国を見捨てることなく、こうして帰って来たのだから!
--。
その夜、祝勝の宴が行われたが、ベレトは途中で抜け出す。
ディミトリの姿が見えなかったからだ。
彼は墓前に花を供えに行っていた。
長いこと墓参りに行かなかったらしい。
その理由は、彼らに背を向けているようで怖かったからだという。
死者の声を聞きながらも、
憎しみに囚われた自分が後ろめたかったのかもしれない。
長い時間を要したが、ディミトリは生まれ変わった。
今ディミトリの脳裏にあるのはエーデルガルトである。
学生時代にディミトリが迷っていた、
どうしても譲れない大切なものを、誰しもが持っているという問題。
他者のそれを受け入れるのか、切り捨てるのか。
この5年の彼は、切り捨てることへと吹っ切れたのか、殺人鬼と化していた。
今は違う。
エーデルガルトにとってセイロス教は、
どうしても受け入れられず、切り捨てるべきものなのだろう。
以前のディミトリは、
そんなエーデルガルトを切り捨てることを考えていた。
しかし今は、彼女を受け入れることでこの戦争を終わらせたい……。
民衆が自分を受け入れてくたように、
自分もエーデルガルトを受け入れたい。
彼女がどんなに変わろうとも、
炎帝として許しがたい行いをしようとも、彼女を信じたい。
そう胸の内を語るのだった。
その時、クロードからの急使が到着したと連絡が入る。
レスター同盟によほどの緊急事態が発生したらしい……。